13.BPAの周産期(妊娠から授乳期)暴露を受けた雄仔マウスで不安行動が、雌仔マウスでは恐怖記憶時間の延長がみられるが、母親の行動には影響を及ぼさない

BPAなど内分泌撹乱化学物質で問題になるのは、妊娠している母親がBPAに汚染された食品を食べ続けた場合、それが子どもに影響を及ぼすのか、子どもにうつや不安の症状が現れるのかということでした。

マウスが周産期に環境汚染レベル(低用量)のBPAに暴露された場合の仔マウスの不安行動ならびに脳内の神経伝達物質であるモノアミンへの影響を調べました。

マウスの不安行動は高架式十字迷路という装置を用いた試験とオープンフィールド試験で行いました。高架式十字迷路は、床から高い位置に設置された壁あり通路(オープンアーム)と壁なし通路(クローズドアーム)が交差した十字型の装置にマウスを入れ、不安行動を調べる試験です。オープンアームでの滞在時間が不安行動の指標とされ、そこでの滞在時間が短い時に不安が強いと判定されます。試験は、マウスを十字迷路の中央部に置き、10分間観察しました。一方、オープンフィールド試験は、アクリル製の四角形の箱にマウスを入れ、10分間の総移動距離、中心領域(16㎝x16㎝)に滞在する時間の長さを測定し、不安行動をコンピューターで判定するものです。中心領域に滞在する時間が短いほど不安が強いと判定されます。

周産期にBPAに暴露されると、雄仔マウスの思春期ならびに成熟期に不安行動が起きることが明らかでした。その際、成熟期の雄仔マウス脳内の部位(海馬と延髄)でドーパミン(DA)、DOPAC(ドーパミンの中間代謝物)の増加、DOPAC/DA値の減少が観察されました。また、DAからDOPACへの代謝に深く関係しているモノアミンオキシダーゼという酵素活性は延髄で減少していました。一方、BPAの不安行動ならびにDA代謝への影響は、雌では観察されず、脳への影響に性差があるものと思われました。脳内でのDAの高まりは、ヒトの統合失調症の患者の脳でも認められており、周産期のBPA暴露が子どもの精神疾患に影響を及ぼす可能性を示すものでした1)。

次に、周産期にBPAに暴露された仔マウスの恐怖記憶の試験を行い、ヒトのパニック障害(一度恐怖を感じると、その恐怖が生じた状況を避けるようになる)との関連性を調べました2)。恐怖記憶試験は、マウスを電流が流れる箱に入れ、足裏に電気ショックを与えます。その後、同じ箱に入れると、マウスは、動きを止めるすくみ反応を見せます。そのすくみ反応を示した時間を計測し、コントロールと比較します。反応時間が長いほど恐怖記憶が強いと判定されます。その結果、恐怖記憶の増加は、雌の思春期(4週令)で認められたが、成熟期(9週令)では認められません。雄では4,9週令とも恐怖記憶にコントロールとの差はみられませんでした。恐怖記憶に増加がみられた思春期の雌の脳内では、海馬、線条体、中脳、橋、延髄中のセロトニン(5-HT)の代謝産物である5-HIAAならびに5-HIAA/5-HT値の増加が認められました。セロトニン系についてのこの様な明らかな変化は、9週令の雌でも、4,9週令の雄にもみられませんでした。なお、BPAは4週令の雌のセロトニン代謝を司る酵素の遺伝子発現を高めることがわかりました。女性のパニック障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の罹患者は男性の2倍も高いこと、脳内でのセロトニン代謝が高まっていることを考慮すると、BPAの暴露がパニック障害やPTSDの発症のし易さに影響を与える可能性を示す実験結果でした。

一方、暴露を受けた母マウスには不安行動の異常は認められず、延髄で、セロトニンの増加が認められたのみでした。前項でマウスの脳内にBPAを直接注射した場合、マウスの脳内のモノアミン濃度に著しい影響が表れることを述べましが、妊娠マウスへの投与法は皮下投与でした。この投与法の違いが母マウスへの影響を低下させたものと考えられます。母体の血液中に入ったBPAが仔に移行したことも母マウスの脳への影響を減少させた原因かもしれません。

ヒトで、臍帯血にBPAの存在が確認されているので、BPAはダイオキシンなどと同様、母体から子に移行し、影響を及ぼすことが十分考えられます。長年、獲得形質は遺伝しないと考えられてきましたが、近年、化学物質など外界から受けた形質の変化(DNAの配列変化を伴わない)も、次世代の形質として受け継がれる(エピジェネティックスといいます)という議論がなされています。BPAにより影響を受けた形質が遺伝する可能性があるとすれば、将来、精神疾患患者が増えるのではと憂慮しています。

2013年の有名な科学雑誌に、環境汚染レベルのBPAを妊娠マウスに経口投与した実験で、生後4週令の脳内でエストロゲンレセプター(女性ホルモンの受け皿)の遺伝子発現ならびにメチル化が高まっており、相手を追いかけたり、相手と戦う行動の雌雄差が消えたことを海外の研究者が報告しました。上述したエピジェネティックスの一つにDNAのメチル化がありますので、行動に雌雄差がなくなるという形質はヒトでも遺伝するのではないでしょうか?

 

引用文献

1)Matsuda S, Matsuzawa D, Ishii D, Tomizawa H, Sutoh C, Nakazawa K, Amano K, Sajiki J, Shimizu E. Effects of perinatal exposure to low dose of bisphenol A on anxiety like behavior and dopamine metabolites in brain. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2012 Dec 3. 39 (2), 273-279.

2)Matsuda S, Matsuzawa D, Ishii D, Tomizawa H, Sajiki J, Shimizu E. Perinatal exposure to bisphenol A enhances contextual fear memory and affects the serotoninergic system in juvenile female mice. Hormones and Behavior. 2013 63(5):709-716.